台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング・カンパニー(TSMC)の創設者であるモリス・チャン(Morris Chang)は、半導体製造の分野で数々の技術革新を遂げ、TSMCを世界最大の半導体受託製造企業(ファウンドリ)としての地位に導きました。彼の先見の明と強力なリーダーシップにより、現在TSMCは5nm、3nm、そして2nmプロセス技術の開発で世界をリードし、その地位を不動のものとしています。
モリス・チャンの人物像とビジョン
モリス・チャンの信念
モリス・チャンは1931年に中国の寧波生まれ。米国で教育を受け、スタンフォード大学で電気工学の博士号を取得後、テキサス・インスツルメンツ(TI)に入社、半導体業界でのキャリアをスタートさせています。
彼は半導体の製造と設計の分離という新しいビジネスモデルを提唱し1987年にTSMCを設立、このビジョンを実現。これにより、製造能力をアジアにアウトソーシングする企業が増加し、TSMCは世界で最も収益性の高い半導体メーカーの一つに成長しています。
チャンは1994年に*ITRIを辞任し、2003年までヴァンガード・インターナショナル・セミコンダクタの会長を務め、同時にTSMCの会長も兼任しました。2005年にCEOの職を蔡力行に譲るも、2009年に復帰。2018年6月に退任を発表し、CEOに魏哲家、会長に劉徳音が就任しました。同年9月、卿雲勲章を受章し、APEC総統特使に任命されています。
TSMCの飛躍の転機:40nmプロセスと金融危機
危機をチャンスに
TSMCは、2000年代初頭に40nmプロセス技術で深刻な製造問題に直面。この時期、グローバルファウンドリーズが新たに設立され、TSMCを出し抜くタイミングを虎視眈々と狙っていたとされています。さらに、2008年から2009年にかけての金融危機は、半導体産業全体に打撃を与え、消費者が電子機器の購入を控えたことで、テクノロジー企業も半導体の発注を減少させ、大きなダメージを受けていました。
しかし、モリス・チャンは、この危機をチャンスと捉えます。彼は、「やまない雨などない」と信じており、不況時に粘り強く投資を続けることで市場シェアを拡大できると確信。特に、スマートフォンがコンピューティングに革命をもたらし、半導体産業を一変させると早期に見抜いていました。
彼は、スマートフォンが半導体産業における「ゲーム・チェンジャー」となることを予見し、TSMCが携帯機器市場で圧倒的なシェアを獲得することを目指します。TSMCが製品を設計する企業を顧客に抱える中立的な存在であることを活かし、「大同盟」と呼ばれるエコシステムを構築。この大同盟は、半導体の設計、知的財産の販売、材料の生産、装置の製造に従事する多数の企業が協力し合うもので、その中心にいるのがTSMCとなったのです。
スマートフォン市場への注力と「大同盟」の形成
大同盟の力を活かすことで、TSMCは競争力を維持し、スマートフォン市場での地位を確立。2007年のiPhone発売当初、Appleは主要な半導体をサムスンから調達していましたが、モリス・チャンはTSMCが技術面でライバル企業を出し抜くことが可能であると確信し、投資を続けました。
金融危機への対応とリーダーシップの発揮
金融危機の最中、モリス・チャンは後継者のリック・ツァイがコスト削減を進めるのに反し、逆に投資を強化する戦略を取ります。彼は、40nmの製造問題を解決し、スマートフォン市場でのシェアを拡大するために人材と技術への投資が不可欠であると判断。金融危機にもかかわらず、2009年と2010年に数十億ドル規模の設備投資を増額し、生産能力と研究開発を強化しました。
この大胆な決断により、TSMCは金融危機を乗り越え、半導体製造のリーダーとしての地位を保つことができたのです。チャンのリーダーシップと洞察力が、TSMCを成功へと導いたのです。
現在のTSMC
TSMCが製造する半導体は、スマートフォンやコンピュータ、サーバーなどのデータセンター機器、自動車、その他の産業機器に幅広く使用されています。2023年には288種類の製造技術を活用し、世界中の528社の顧客向けに11,895個の半導体製品を生産。TSMCの年間ロジック生産量(12インチウエハ換算ベース)は1,600万枚を超え、2022年の1,500万枚を上回る規模。2023年の世界半導体生産額(メモリを除く)に占めるシェアは28%に達しています。(ちなみに、2022年は、GPUの入手が麻薬よりも難しいとまで言われる状況でした。)
顧客構成と設備投資
TSMCは製造拠点を持たないファブレス企業や、アップルのように自社製品用半導体を自ら設計する企業からの製造委託を受けます。TSMCによると2023年では、上位10社が売上高の68%を占め、最大の顧客が25%、2位の顧客が11%を占めているとしています。同年の設備投資額は304.5億米ドルに達し、半導体業界で最大規模。
TSMCのグローバルな影響と市場シェア
TSMCの売上高のおよそ70%は米国市場からのものであり、Apple、AMD、NVIDIA、Qualcommなどの主要な半導体設計企業がTSMCの顧客です。エレクトロニクス業界全体がTSMCの技術革新の恩恵を受けているのは明らかであり、グローバルファウンドリ市場で50%以上のシェアを占める、技術的優位性を証明しています。
環境対応と社会貢献
TSMCは、環境対応にも積極的に取り組んでいます。2030年までに100%再生可能エネルギーを使用することを目指し、持続可能な経営を推進。また、教育支援や地域社会への貢献活動を積極的に実施しており、社会的責任を果たす企業としても評価されています。
拡大計画と未来展望
TSMCは、アリゾナ州に新工場を建設する計画を発表しており、約120億ドルの投資を予定。この新工場は、同社の生産能力をさらに拡大し、北米市場への供給体制を強化することを目的としています。TSMCは今後も先進的な製造技術とエコシステムを活用し、次世代半導体市場でのリーダーシップを継続することを目指します。
まとめ
モリス・チャンのビジョンとリーダーシップは、TSMCを世界最大の半導体受託製造企業としての地位に導きました。そして5nm、3nm、2nm技術の進化は、エレクトロニクス業界全体に大きな影響を与え、デジタル社会の革新を支えています。TSMCの成功は、大同盟の力とモリス・チャンの洞察力によるものであり、今後もその地位を維持し続けることでしょう。
今後のTSMCについても多くの期待が寄せられています。同社の継続的な成長と技術革新が、半導体業界全体の発展に貢献することは間違いありません。投資家にとっても、TSMCは魅力的な投資先として注目され続けると思われます。
参考:【半導体戦争】-世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防 クリス・ミラー著/千葉 敏生訳 ダイヤモンド社
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